『東京新聞』(昭和61年2月14日付)で次のように紹介されています。
『哀調を帯びたクラリネットのメロディーに合わせ
「チチンドンドンチンドンドン」
ツマ先で小刻みに調子をとりながら打ち鳴らすカネと太鼓の音が冬空にこだまする。
日傘の下に二つ重ねの「チンドン」を持ったのは、おん年ン歳の所里子さん、大ドラムを打つのはOLが本業の妹初江さん。
いまや東京周辺で14、5軒を数えるのみとなったチンドン屋稼業の、若手代表格の人気コンビだ。
「親方衆が高齢化して、二代目を継ぐ人も減っちゃったのよ」と語る里子さんは、浅草の剣劇俳優だった父親の故・永田正次郎さんの下で「ベティ・里子」の芸名で子役を演じたこともある。
その父親の友人で、初代「日の丸宣伝社」(川崎市・中丸子)代表だった故・日の丸アチャコさんの長男峰男さんと結ばれ、いまは二代目夫人として、いうなればプレーイングマネジャー。
姉妹の系譜をたどれば、東京の大衆芸能の近代史がよみがえる。
仕事のほとんどはパチンコ屋さんの開店・改装お披露目だが「帝国ホテルのショーにも出ましたよゥ、テレビだって"おしん"の魚屋開店のシーンに出演したんだから」と口をとがらす。
いずれも身長1メートル50前後。
カワユイ中学生と見問違えた慌て者もいるが「いやだあ、アタシなんか小じわもふえたし」と、妖しく身をくねらす里子さん。
『チチンドンドン チンドンドン!』
チンドン屋の影が薄くなったのは、"親方衆の高齢化"が原因だったのでした。
しかし今や二代目があとを継ぎ、しかも仕事の主力はもっぱらパチンコ屋の"開店・改装お披露目"・・・。
二者の関係は昔ながらに健在なのはたいへん、けっこうな話で、太宰治ふうにいえば
「パチンコ屋にはチンドン屋がよく似合う」
というところでしょうか。