今でもチンドン屋
パチンコ屋の幟・・・
たしかにそれは、たいていの店に林立していて恒常的になっています。
おそらく今後も、パチンコ屋の幟は続くことでしょう。
なにしろ、遠くからでも幟は目につきやすいので
「あ、パチンコ屋があそこにあるな」
客を引くには、幟はもってこいだからです。
しかし、創始期のパチンコ屋は、客引きにはチンドン屋を使っていました。
常盤とよ子著『危険な毒花』(1957年=昭和32年=10月20日三笠書房発行)にも、"「働く女性」二態 ちんどんや"と題して、次のように紹介されています。
『そこはパチンコ屋の店先であった。
おびただしい祝いの花輪が、通りまではみ出しており、開店したばかりの店か、あるいは改装したばかりの店か、わたしには判断もつかなかったが、チン、ジャラジャラというあの玩具的、頽廃的、非音楽的な燥音にまじってちんどんやの打ちならす、太鼓や鐘、三味の音が、通り一杯にあふれていた。
ちんどんやを歓ぶのは子供たちだ。
わたしは子供たちの仲間にはいって、その店先で、身ぶり、表情おかしく、手足を動かしているちんどんやを眺めていた