今でもチンドン屋 2
わたしが、数日前から心に描いていたイメージに、ほぼ近い女ちんどんやがまじっていたからだ。
女2人、男2人のちんどんやは、どれもこれも若さを失った人たちのように見えた。
わたしに撮影意欲を感じさせたのは、4人のなかでは1番若い女・・・
彼女は三味線をひきながら、群っている子供を、ひどく笑わせていた。
俗にいう、ひょっとこ面をつくっては子供たちを笑わせているのだ。
子供たちの人気が彼女に集中していることは、一目で、わたしにも判った。(以下略)』
(注・常盤とよ子氏は"赤線地帯"の女などを撮影して評判だった写真家)
たしかに昭和30年前後には、チンドン屋がパチンコ屋の宣伝に活躍しました。
しかしその後はだんだん影を潜め、パチンコ屋の店先からは、チンドン屋のすがたをあまり見ることがなくなりました。
時流というものだったのでしょう。
その頃から30年・・・。
パチンコ屋の宣伝には、もうチンドン屋は関与しなくなったのか、と思っていたところ、どっこい、パチンコ屋の宣伝に、姉妹のチンドン屋が昔ながらに活躍しているのでした。